日曜日


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 日曜日の仕事は楽しい。そんなことを言うと、「君は仕事が好きなんだねえ。」と 軽蔑したような目で見られるかもしれないけれど、実際に僕は日曜日の仕事は楽しいと思う。

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 まず、職場までの電車がいいと思う。週中の朝の電車はいつもとてつもなく混んでいて、 それでもって誰も何も喋らない。人が次々と流れて行き、四角い箱の形の乗り物に詰め込まれ、 レールで引かれたように、いや、実際レールどおりに運ばれて行く。そしてまた新たな人の流れが やってきて、四角い箱の形の乗り物に詰め込まれ…。

 ふと立ち止まって(実際には人の流れで止まれやしないけれど) 見ると、それが果てしなく繰り返されるような錯覚すら覚える。 そんな電車に揺られている時は、 小さな水槽に入れられた金魚の方がよっぽどマシな暮らしをしているような気さえする。

 でも日曜日の朝の電車は違っていた。 買い物に街に出かける期待や喜びでいっぱいの小さな子供たちや、その手を引く若い夫婦やなんかで 電車の中は心地よく騒がしい。 また、大きなスタジオやライブハウスで演奏をするのか、ギターやベースを担いで楽譜をめくる若い人の 真面目な顔も面白い。あと、精一杯のおしゃれをして出かける若い女の子や、なにか楽しい事がないものかと ただふらりと街に出る人達がゆったりと運ばれて行く。そこには日曜日の電車独特の、喜びだとか期待だとか、 そういったものであふれていて、あちこちで控えめに聞こえる笑い声や喋り声が心地よい。

 そして、電車を降りる。いつものように”出口に向かって最短距離”といった感じの決まった流れではなく、 日曜日の流れは もっと複雑でいびつだ。電車を下りると若い夫婦は、子供におもちゃみたいな小さな靴を履かせ直 さなくてはならなかったり、 お年寄りや、あとは途中電車の中で寝ていた人達は、どこに切符をしまったものかと、突然立ち止まってポケットをあちこち触ってみたり、 電車に乗りなれない人は、はてどの出口から降りたらいいものやらと、案内の看板を見上げてみたりで、 人はスムーズには流れない。でもそれを咎めるような人はなく、みんなそれぞれの期待を胸に、ゆっくりと ゆっくりと流れて行く。

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 仕事はいつもどうりだった。でも日曜日は客がいつもより多い。僕の働く雑貨屋さんは、休みの日は若い人たちで いつも賑わう。いつもはルーズリーフの紙とか茶封筒とかの類の、あまり面白くもない物が、 あまり面白くなさそうな顔をした人達に買われて行くだけなのに、日曜日はいつもと違うのだ。 例えば、「アロマキャンドル」だとか、なんとかというブランドの気の利いたペンだとか、面白い形をした ワイン立てだとか、そういったものをみんな笑顔で買っていく。こういった物が売れていく方が、 レジを打つ側としても面白い。

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 客の流れが途切れるころ、夜9時の閉店の間際に一人の女性が店に入ってきた。 僕はもうその時には、入り口に並べてある安売りのTシャツやカラフルな傘や、大きな箱に入った、 きれいなだけでちっとも消えない消しゴムやなんかが入っているワゴンを片付け始めていた。  彼女はエプロンをした僕の肩を申し訳なさそうに軽く叩くと、「便箋と封筒はどこにありますか?」 と小さな声で聞いてきた。
 便箋と封筒!そいつはさっき片付けてしまったばかりだった。

「ええっと、今片付けてしまったばかりでして…。」

「ああ、そうなんですか。なんだか、こう、んーと、急に手紙が書きたくなってしまって。」

 急に手紙が書きたくなる、か。なんだか素敵な言葉の響きだった。僕は「ちょっと待っててください。」 と言うと、奥の方にあったワゴンをガラガラと引きずってきた。彼女は嬉しそうに頷くと、 小さな手で便箋と封筒を選び始めた。

 入り口に出ているチューリップ(まだ花は咲いていない)のプランターを片付けるころ、 彼女はレジに来た。うっすらとノーマン・ロックウェルの描いた絵がプリントされた便箋と、白い小さな封筒。 支払いを終えると、「わざわざ出してもらって、すみませんでした。」と、彼女は言って店を出ていった。 まだなにも書かれていない便箋と封筒は、今夜手紙となって、明日の朝には投函され、あさっての昼頃には きっと誰かの元にきちんと届けられるんだろう。

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 日曜日の仕事は楽しい。そんなことを言うと「君は仕事が好きなんだねえ。」と 軽蔑したような目で見られるかもしれないけれど、実際に僕は日曜日の仕事は楽しいと思う。 空いている電車、喜びに満ちた電車の客席、いつもとは違ういびつな人の流れ、 楽しそうに買い物をする客、そして楽しみ疲れた人達を運ぶ帰りの電車の様子。


 僕も出社間際に便箋と封筒を買ってきた。なんてことのない便箋と、 ノーマン・ロックウェルの描いた絵がプリントされた封筒。今夜は久しぶりに手紙でも書いてみよう。

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