秋の光




 駅の自転車置き場に並ぶ、おびただしい数の自転車の中から自分の自転車を探し出そうとしたが、朝に自分が置いたはずの場所から随分と離れたところにそれはあって、 すぐには見つける事ができなかった。

 やっと見つけ出し、その赤い自転車を押しながら歩く僕は、ちょうど歩道に出る段差のところで、前のタイヤがパンクしていることに気が付く。



 いつもは自転車で進む道を、午後4時半の斜めの日差しの中、今日は自転車を押しながら歩く。



 少しカドのあるような、それでいてまだ少しやわらかな秋の風が、 僕の薄いシャツの中に遠慮なくしみ込んできて、今までシャツの中でじっとしていた、地下鉄の中のいささか温かすぎる空気を押し出してゆく。



 家まではまだ遠い。



 もう夕方5時にもなるとすっかり辺りも薄暗くなり、鳥たちが紺色の空を横切っているのが影のように見える。  ほとんど力のなくなった太陽の光と、背が高く、それでいてうつむき加減な街灯が、歩いている人達に互いに光を投げ合っていて、どちらの光の方が強いのかを張り合っているように感じるが、 まだ夕闇になれていない僕の目には、どちらも薄暗く寂しげに感じる。

 大きな通りに面した歩道には、紅葉していないのに随分と葉の少ない桜の木が、僕のシャツにしみ込んでくるのと同じ風を受けて揺れている。 足元には、まだ乾ききっていないたくさんの落ち葉が回っていて、アスファルトと そこを歩く人の靴の底の間でだまっている。





 「落ち葉はね、死んだ葉っぱじゃないの。」



 そういえばいつだったか、寒そうにポケットに両手を突っ込んで うつむきながら、足元の落ち葉を踏みしめて君は言っていた。

 その日もこの大通りにはタクシーが行き交い、落ち葉はその風におとなしく従って回っていた。



 「落ち葉は、枯れて落ちてもね・・・・・・死んだわけじゃなくてね・・・・・」



 その時、バスが唸りながら加速して、僕の傍を通っていったのだった。



 「ね、そうでしょう?」



僕は曖昧にうなずくと、君は満足そうに笑っていた。





 また僕の傍をバスが走って行き、僕はふと我にかえる。

 向こうから、両手に少し重そうな買い物袋を下げたおばあさんが歩いてくる。
 両手を重そうに下げて、でも きびきび歩くおばあさん。



 以前住んでいた家には大きな柿の木があって、 この時期になるとたくさんの実が付き、重そうに枝をたらしていた。 すれ違いざまに見たそのおばあさんの影が、頭の中でその柿の木の影と重なった。



ふと気が付くと、おばあさんの影も うつむいた白い街灯の光によってつくられた影であって、 もう太陽の光はすっかり街灯の光に負けてしまっていた。



また街路樹から、一枚の葉が街灯の光に照らされながら落ちていく。





さあ、家まではあと少しだ。







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