プロペラ飛行機
■ ■ ■
夏の間は日陰を選んで歩く。
冬になると日向を選んで歩く。
春と秋は?
どちらを歩いていても気持ちがいい。
でも、春は下を向いて歩く。
目を下に向けると、鮮やかな緑が湧くように生え出ているのが見えたり。
オオイヌノフグリの水色の花があちこちにあったり。
蝶が背の低い花の間を飛んでいたり。
何かを運んでいるアリが足元を忙しく歩いていたり。
なんとなく浮かれがちな春だから、下も見られるようになっているのかもしれない。
それに比べて、秋は上を向いて歩く。
宇宙が見えてしまいそうに高く青い空。
東京の空も、秋だけはきれいだと思う。
それに、トンボが空高く飛んでいるのが見えたり。
渡り鳥が隊を組んで飛んでいるのが見えたり。
高く伸びている木の葉が色付いているのに気付いたり。
なんとなく気分が塞ぎがちな秋だから、上をみるようになっているのかもしれない。
■ ■ ■
僕が小学校のころだったか、学校から帰ってくると、毎日のように 飛行機を飛ばしに行っていた時があった。
家に帰ってすぐに自転車を40分も漕いで、広い川の土手に飛行機を飛ばしに行った。 もちろん飛行機といってもちゃちなゴム動力のものだったから、そんなに 飛ぶわけではなかったけれども、なんどもなんども繰返し飛ばした。 風を背にして、プロペラを人差し指で回してゴムを巻く。 だいたい100回まわすと、あの高い草が生えているところの手前まで飛ぶ。 200回まわすと、土手に生えている大きな桑の木のところまで飛ぶ。 そんなことを覚えているくらい、毎日のように飛ばしに行った。
プロペラを回している時は、あまり何も考えずに空を見上げていた。 じゅーいち、じゅーに、と頭の中で回した回数を数えながら見た、雲のない高い空。 遠くの橋の上を走るおもちゃみたいなトラックの音が、小さく小さく聞こえる。 土手の上に目をやると、 遠くに投げられたボールを嬉しそうに全速力で追いかけている、犬の姿が見える。 その犬の様子が、まるで強い風に吹かれて転がっていく毛玉みたいで面白い。
さんじゅうさん、さんじゅうよん。
300回ゴムを巻いたら、どこまで飛ぶかな。 とりあえず、あの桑の木は越すだろうな。 はたしてどこまで飛ぶんだろう。 空を見上げながら、そんなことを考える。
はちじゅうご、はちじゅうろく。
少し遠くの草の中から、バッタがチキチキチキと音を立てて飛び出す。 さすがのショウリョウバッタも、あの桑の木まではとどかない。 300回まいたら、どこまで飛ぶんだろう。 ゴムが切れないかな?
どこまで飛ぶんだろうという期待と、 巻かれるにつれはちきれそうになっていくゴムが切れるんじゃないかという スリルで、ひとり愉快になってくる。
■ ■ ■
にひゃくきゅうじゅうきゅう・・・
・・・さんびゃく。
ゴムははちきれそうだ。
しっかりとプロペラを押さえて、深呼吸する。 緩い風。 風上に背を向けて、いつものようにゆっくり押し出すような感じで 飛行機を飛ばせばいいんだ。
プロペラを放す。
ビューンという音をたてて、手もとにある秋の空気をプロペラが 急にかきまわす。 飛行機から手を放す。 空中を泳いで行くみたいに、風の中をぐんぐんと上昇する飛行機を僕は目で追う。 すごいすごい。 この調子だと、桑の木までどころか、桑の木を飛び越してしまうぞ。
■ ■ ■
薄く青い色の空を背に飛ぶ飛行機の軌跡を僕は目で追う。 その時、飛行機を追う僕の視野に、急に鴨の群れが飛び込んできた。
きれいな矢印の形に隊を組んで飛ぶ鴨の群れ。 国語の教科書に、ガンという鳥が隊を組んで飛ぶことが書いてあったけれど、 本当にそうなんだ。 誰かが指図する事も無く、争う事もなく、それでも 整然と飛んでいく姿に、見入ってしまった。 抜けるような空を横切る、美しい生き物を夢中で目で追う。
・・・飛行機なんて、ちっぽけだよな。
あ、飛行機はどこへ行ったっけ!
■ ■ ■
結局飛行機は見つからなかった。 たいして探しもしなかったし、きっと急な風で、 川のほうに飛ばされて流されてしまったんだろうと思った。
鴨の横切って行った空は、次第に鮮やかな藍色に、紫に、オレンジにと変わってゆく。 なんとなくため息をついて、土手に寝転がって目をつぶる。 頬を通り過ぎる川からの風は少し冷たい。
飛行機、もうちょっと探そうかな。
そう思って目を開けると、いつの間にか空には、鮮やかな空色に染まったトンボが、 自由自在に飛びまわっていた。
飛行機、もういいや。
背中とズボンに付いた芝の切れ端をパンパンと払うと 僕は手ぶらで自転車を置いたところに向かった。
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