肉じゃがと線路


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 大量にもらったじゃがいもと、 冷蔵庫の隅に隠れていたにんじんとたまねぎ、 小さなネットに入った2つで100円のシイタケ、 それに1パック368円の牛肉をいい加減に料理して 肉じゃがを作った。  石を遠くまで飛ばす、昔少し憧れたパチンコみたいな形をした皮むき用の ナイフで、間違って中指の皮まで剥いてしまった。
 まあこれはいつもの事。

 作り始めたのは午後の5時くらいで、作り終えたのが6時くらいで、 食べ終わったのが7時くらいだった。  なにしろじゃがいもがこれでもかというほどあったので、 肉じゃがといってもほとんどがじゃがいもだった。

 とても全部食べきれず、だいぶん余ってしまった。

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 親戚の結婚式がこのあいだあって、僕は申し訳程度に ちらっと顔を出しただけだったのだけれど、 そのときに日本酒を貰った。  よくわからないけれどいい酒なのだそうだ。  でも僕は酒には強くないし、日本酒の味なんてさっぱりわからないので、 この酒と、そしてあまった肉じゃがとを持って、 一人暮しをしている酒好きの友達の家に行くことにした。

 彼は駅の近く、 そして線路のとても近くのアパートの2階に住んでいる。  僕は一升瓶を手提げの鞄に入れ、肉じゃがのタッパーは手に持って、 自転車に乗って彼のアパートに行った。

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 アパートの下に自転車を止め、階段を上る。  階段の下は苔の生えた万年塀になっていて、その向こうはすぐ線路になっている。  駅のすぐ近くだから、特急などではない普通の電車が、 塀の向こうでとてもゆっくり動き出しているのが見える。  あまりにゆっくり、滑るように進むものだから、 実は電車は動いていなくて、階段の上に立っている僕の方が動いているといった気分になった。  そう言えば以前にも、空を流れる雲を見ていて、 同じような気分になったことがあったのを思い出した。

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 彼の部屋をノックする。
 でも彼は留守みたいだった。  そう言えば、最近同じサークルの人と付き合い始めたといっていたっけ。  なにかと忙しいのかも知れない。  肉じゃがと酒を玄関前に置いておく、というわけにもいかないと思い、 持って帰る事にした。  なんとかして食べてしまおう。  アパートの階段を降りながらそう思っていると、 その階段の中程と、アパートと線路を隔てる塀の 高さがほとんど変わらないことに気付いた。

 僕は肉じゃがを手に持ったまま、階段の中程から塀に移り、 そこからひょいと線路に下りた。

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 線路の下の砂利は思ったより大きく、レールも思ったより太かった。  足下のレールを見ていると、映画の「Stand By Me」と、 「Dancer In The Dark」を思い出した。  線路の下の砂利が赤いのは、レールだか車輪だかのサビの為なんだと、 どこかで聞いたような気がした。  スニーカーの靴底で砂利を転がしながら、なるほどそうかもしれないと、妙に納得したりした。

 レールの上に足を乗せて目をつぶる。  じんじんとする振動が、足を通して体に伝わってくる。  この線路の上を、昨日も今日もたった今も、そしてたぶん明日も明後日も 走る電車の鼓動なんだろう。

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 だんだんと足を通して伝わってくる振動が強くなってきた。  突然僕のすぐ近くで、ファーーーーーンという電車の音がした。

 僕は思わず、肉じゃがの入ったタッパーを落してしまった。







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