犬の散歩へ


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 風邪をひいた友達に、犬の散歩を頼まれた。  僕の家から車に乗ってたっぷり30分はかかる 郊外にある一人暮しの彼の家は、2DKで五万五千円の一軒屋で、 彼は最近小さな犬を飼い始めたのだ。

「なあ、いつも散歩のコースは決まってるの?」

「大丈夫、もうコイツは道を覚えているから、後ろついていけば大丈夫だって。」

彼の咳こむ声を後ろに聞きながら、僕は扉を閉めた。 とても古い彼の家は、やっぱり扉も同じように古くて、 引き戸の玄関の扉は彼の咳き込む声よりも大きな音を立ててガラガラガラと閉まった。

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 僕は言われた通り、犬の後ろをついて歩いた。 犬はしばらく、大通りから公園に抜けると思われる道 (たぶんいつもの散歩のコースなんだろう)を通って行ったが、 信号の手前でふと振返り、 首を傾げながらしばらくそのままの姿勢で考え事をしていた。 そして後ろにいるのがいつもの飼い主ではないということを ずいぶんと長い時間をかけて 理解すると、どことなくもったいぶったような足取りで横の垣根をくぐり抜け、畑の中を ずんずん進んで行った。

 僕は「コイツめー」と思いながらも、見失っては困るということと、 飼い主である彼が「後ろをついて行けば大丈夫」と言ったこと、 そしてあるはずは無いけれども、もしかしたらこれがいつもの散歩の コースなのかもしれない、なんていうことを考えながら、 犬に続いて垣根をかき分けて 畑の中に入った。

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 今は何も植わっていない畑の畝を歩いて行くと、小さな用水路があった。 何匹かの小さな魚が、ゆっくりした流れに逆らって泳いでいる。 ゆるゆると流れる水はやわらかそうで、それでいてとても冷たそうだった。 やわらかくて冷たい透明のゼリーの中で、魚たちが泳いでいるように見えた。

 犬は? 一瞬ひやっとしたが、彼は不思議そうに水の流れを覗き込んで見ていた。 彼の目の中に、この川はどう映っているのだろう。 やわらかくて冷たいゼリーのようだと思っていたりして。 ゼリーという概念はないから、缶ヅメのドッグフードの 一番上のゼラチン質とでも?

 水を見るのに飽きた彼は、今度は前足で地面をしきりにほじくっていた。 地面の下に隠れている、気の早い春をほじくり返しているみたいだった。

もうすぐ2001年が終わる。
そうだなあ、今年の初めはお前、
産まれてなかったんだよな。


僕は犬を見る。
犬は相変わらず、地面をムキになってほじくっている。
春はまだ、出てこない。




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