〇闊歩
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信号機の色が、繰り返し繰り返し変わってゆく。 左の緑、真ん中の黄色、そして一番右の赤へ。 それを延々と繰り返す何台もの信号機と、その信号機たちの3色の号令に 、まるで聞き分けの悪い子供みたいに嫌々従っている車と人との列を見ながら、 僕は大きな交差点の脇に立っていた。
忙しそうな人達の自信に満ちた足音と、僕のように暇そうな人達の湿っぽい足音が 僕の前で混ざり合い、車の列がそれをさらに練り混ぜて、 ビル風がそれを風下のビルの隙間にしまい込んでゆく。
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車道の信号が赤になる。 止まりきれなかったトラックが、加速して前を通ってゆく。 そしてそのトラックが横断歩道を通過しきらないうちに、 歩道から溢れそうな人達がどっと動き出す。
こちらから向こうへと歩く人達と、向こうからこちらへ 来る人達の、足音と熱気と会話が混ざり合う。 色々な所で、そしてここでも、おそらく何百回も繰り返されてきたであろう景色。
その行き交う人々の上を、一匹の蝶が飛んでいた。 人間と、ビルと、車の景色の中を飛ぶ、白い蝶。 風にあおられながら飛ぶその蝶の姿を見て、 そういえばここに立っている間、僕は世界中に人間とビルと車以外の物があるという事を 忘れていたんじゃないかと思った。 歩いている人達の上をゆらゆらと飛ぶ蝶の白い羽に、背の高いビルに切り取られた 四角い空から射す陽の光が眩しい。
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歩道の信号機は下の緑色を点滅させ、それからまた上の赤い光で人々に号令をかける。 渡りきれなかった人達がほんの少しだけ早足になる。 車道の信号が緑色の号令をかける前に、先頭のトラックが動き出した。 白い蝶の姿は、僕の視界からトラックのかげに一瞬の間消えてしまったが、 次々に僕の前を通る車の間から、まだちらちらと見る事ができた。
東京の上空2mを闊歩する蝶は、頼りない様でいて、 それでも確実に、地上を闊歩する人々を着々と追い抜いていっていた。
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