ひまわり
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今年も玄関の脇にひまわりの花が咲いた。 今ここに咲いているひまわりの花は、去年同じ場所に咲いていたひまわりの種の一つだった。 そして去年咲いた花はおととしの花の種で、おととしの花はその前の年の花の種。
・・・いつからこうやってるんだっけ。
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来週、僕は引っ越す。 そして今、僕は本箱の本をダンボール箱に詰めている。 あまり風を通さない窓からは、ひまわりの花が見える。 もうすでに花は種になりかかっていて、すこしうつむいて南を向いている。 風の無いこの部屋よりも、ひまわりの傍の方が涼しいのだろうな。 そしてひまわりの葉の裏には、僕たちが昔「バナナムシ」と呼んでいた、緑と黄色のおかしな顔をした虫がへばりついているのだろうな。
背中を伝う汗の感触でふと我に帰り、また僕は本棚の本をダンボール箱の中に並べる。 本で一杯になったダンボール箱を持ち上げると、それは予想以上の重さだった。 そして僕は、箱ごと一冊の本になってしまったようなそのダンボール箱を持ち上げ、 玄関に置いた。
僕はまた新しいダンボール箱を組み立て、次は引出しの中身をそこに移す 事にした。
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その引出しからはいろいろなものが出てきた。 上の方には見覚えのあるものが、下に行くにつれて、こんなものがあったっけといった感じのものがでてくる。 まるで地層みたいだ。
そしてだいぶん下の方に、膨らんだ一通の封筒があった。 僕宛てに出されている、見覚えのある封筒。
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封筒には、小さな手紙とひまわりの種が2つ。
「東京にいったら、植えてください。」
今咲いているのは、このひまわりの種だった。
送り主の顔を急速に思い出す。
僕が東京に来る前の、今からずうっと前の出来事。
僕の家から2、3分の彼女の家には、 ひまわりの花がたくさん、それはもうたくさん咲いていた。 どれも背筋がシャンと伸びていて姿勢が良く、僕たちより背が高かった。 そして葉の裏にはやっぱりおかしな顔のバナナムシたちがいて、それを狙うカマキリがいた。 僕達は人差し指くらいの棒切れを手に持って、カマキリを突ついて追い払おうとするのだけれども、 逃げて行くのはきまってバナナムシのほうだった。 僕の夏にはいつも、ひまわりと、バナナムシと、ちょっと嫌われ者のカマキリがいた。
引っ越す時僕は彼女に、「ひまわりの花が見られなくなって寂しい。」と言った。
言ってから後悔した。 ばかみたいだと思った。
僕は彼女を見た。
彼女はわらっていた。
いつもみたいにわらっていた。
僕もわらった。
無理やりわらった。
彼女の後ろのひまわりは、いつもより姿勢がよく見えた。
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引き抜いた引出しの下にも、一通の封筒があった。 引出しから落ちたんだろう。 差出人は、僕。 茶封筒の上に、緊張したような字で書いてある宛名は、ひまわりの種の送り主。 消印は、ひまわりの種の入った手紙を受け取った次の年だった。
消印の下に、赤いスタンプが押されている。 茶封筒の上に押されたそれは、痛々しい焼印みたいな「宛先不明」のスタンプ。 返事は彼女に届くことなく、 遠い遠い彼女の家の前まで行って、そう、 あのひまわりとバナナムシとカマキリのところまで行って、そして帰ってきてしまった。
僕は封を切らずに、それをゴミ箱に入れた。 ストン、と軽い音がした。 「宛先不明」の字がこっちを見ていた。
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窓からは、相変わらず少しうつむいたまま南を向いているひまわりの花が 見える。
もうじき鳥が種を食べにやってくるだろうな。 僕は立ちあがって玄関に向かった。 幾つか種をとっておこう。 残りは鳥が食べればいい。
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来年も、南に向かってシャンと背を伸ばしたひまわりと、 その葉の裏にへばりついているおかしな顔をしたバナナムシが、 引っ越した先の新しい場所でも見られますように。
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