或る犬の肖像
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クチナシの花の匂いを嗅ぐと、僕はいつもある犬を思い出してしまいます。 今年も、裏庭の少し土が盛られている場所にクチナシの花が咲き、あの甘ったるい、気だるいような匂いを漂わせています。 その犬は、その下、そのクチナシの木の下に眠っています。
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私の幼い頃の写真には大抵、彼が一緒に写っています。 彼は何時も、カメラのレンズと目を合わせることなくうつむいているか、または左斜め上を見つめて写真におさまっています。 私の家族が北海道に住んでいた頃の一枚の写真にも彼は写っていました。大きな雪の玉を片手に持って、白い息を吐きながら笑っている私の足元に彼はすごく寒そうに、申し訳なさそうに、小さく写っています。
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小学校にあがって間もない頃の私に与えられた仕事は、彼の散歩でした。今は大きな ユニクロ という服屋が建っている場所に、昔は広大に思えた原っぱがありました。そこを小学生の私は、2歳年上の彼を連れて、虫を追ったり、走ったりしました。しかし、私が無茶をしたくなる年になるにしたがって、彼はどんどん老いていくのでした。遊びから帰ってきてから散歩に行くと時間が遅くなってしまうので、よく彼を遊びに連れていったものでした。
でも彼は次第に、友達を追いかけて全速力で自転車をこぐ私についてくることは困難になって来て、私は大抵ビリで目的地に着くのでした。 しばらくして、彼は苦しそうに咳をするようになりました。さすがにその頃はもう、自転車の追いかけっこに彼を連れて行くことはありませんでした。じいちゃんは、「こいつももう年だからな。お前が生まれる前からいるんだぁ。兄貴みたいなもんだぞ。」と目を細めて、タバコの煙を吐きながら言うのでした。
彼は蚊を媒体として感染する「フィラリア」という病気にかかっていたのでした。
僕が中学生のある暑い日に、私より2歳年上の彼は死にました。
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じいちゃんはタバコをくわえながら、スコップを2本持ってきて、1本を僕に差し出しました。 煙を吐きながら穴を掘るじいちゃんは、「こいつはお前が生まれる前からいたんだぁ。兄貴みたいなもんだったのにな」といいながら、ざくざくと穴を掘っていきました。
だいぶ掘った時にじいちゃんは、目を細めてまたタバコを吹かし、こう言いました。
「あそこの裏にもな、タロウが埋まってるんだ。俺が昔飼ってたな。 あいつも賢い犬だった。」
じいちゃんは、私の知らないタロウの事を思い浮かべているようでした。
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ダンボールに入れられた彼が穴に降ろされ、「ボソッ、ボソッ」という音を立てながら土がかけられて行きます。 僕は思わず後ろを向き、その場を離れました。
「ボソッ、ボソッ」というダンボールに土が被さる音は、「ザッ、ザッ」という音に変わりながら、その場所を後にする僕を追いかけてきます。
庭に出て、ふと犬小屋に目をやると、彼を散歩に連れて行くときの、赤と黒の汚れたロープが目に入りました。 なんだかきゅうに鼻の奥がツゥンとして、目に映るロープが霞みました。
「じいちゃんのタバコの煙りが やたらと鼻につくな」 僕はもう一度鼻をすすって、いつも彼と歩いた道を 今日は一人で歩きました。
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