3時45分
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池の中に魚がいないものか、僕は公園の池をじっと見ていた。 ああ、いるいる。 オレンジ色の鯉はすぐ目に付く。 あと、池の真ん中の方にいる大きい鯉も。
僕の隣に立っている男の子もさっきから水の中を見ているけれど、 きっと僕と同じように魚を探しているのだろう。 あ、「灯台下暗し」っていうけど、すぐ足元の水際にも魚がいるのが見える。
でも隣の男の子には、すぐそこの足元にいる魚は なかなか見つけられないだろうな。
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池の中を見ていたはずが、いつのまにか水面に映る雲を見ていた。 不思議な形。 水面に映るその雲は、砂時計の形に見えた。 でも顔を上げて空を見ると、そこに浮かぶ雲はちっとも 砂時計のようには見えなかった。
僕はもう一度水面に映る砂時計を見ようと池を見た。でも 水面を見ようとしたはずが、今度は池の中に目がいってしまった。 夜の電車の窓から外を見ていて、ふと気付くと外の景色ではなくて そこに映る自分の顔に目がいってしまう、そんな時に似ていると思った。
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時計を見ると、3時45分だった。 アナログの時計だと3時45分は、 12時半をぐるっと90度回した感じに見える。 水面には、僕の感覚の中の「冬の2時頃の太陽」が池に映っている。 なんとなくこの時間の時計の表示は夕方のイメージだったのに、 太陽はまだ随分と高い。 いつの間に、随分と日がのびたんだな。
近くにいて同じように池を見ていたおじさんも同じことを思っていたらしく、 時計を見ている僕の方に向かって、「随分日が延びたなあ」と言った。 「そうですね。」と僕が言うと、おじさんは満足そうに頷いた。
僕がもう一度池に目を落すと、さっき見えたオレンジ色の鯉はいなくなっていた。 おじさんは今度は僕の傍の男の子に話し掛けはじめた。 なんとなく寂しげなその男の子は、おじさんに話しかけられても やっぱりどことなく寂しげであまり顔を上げることもなく、池の中ばかり見ていた。
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それから随分と長い事池を覗いていた僕は、 池の中の魚と、水面に映る空を交互に見る事が出来るようになっていた。 水面に映っていたアイロン台のような形の雲が、 次第に風に流れていって崩れ、蟹のような形になった。 蟹のような雲の下を、オレンジ色の鯉が泳いでいく。
「お家に帰らなくても大丈夫かい?」とおじさんが男の子に聞いていた。 僕は池を眺めたまま、男の子がなんと答えるものか、聞き耳を立てていた。
「4時の15分前になったら、お母さんが迎えに来る。」
男の子はそう答えた。 4時の15分前。 あ、つまり3時45分にお母さんが迎えに来るのか。
あれ、でもさっき、だいぶん前に時計を見た時、すでに3時45分じゃなかったっけ? まだ迎えにきていないじゃない。 僕は時計をちらっと見た。 時計の針はちっとも進んでいなかった。 時計はさっきと同じ3時45分、 12時半をぐるっと90度回した感じに見えた。
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